私のもやもや。

昨日、今日と、気持ちの良い天気ですね〜。
今日は、朝3時に夫と息子は鉱物採集に行きました。私は熟睡・・・。

夏の間、前から使っていたスリッパがとうとう寿命がきて、鼻緒のある草履(ぞうり)を履いていました。これがまた気持ちよいのですが、お出かけの時なんか靴下履くでしょう?そうすると、鼻緒があるためにしっかり履けないんです。引っ掛けている感じ。階段降りる時が怖かった〜。で、最近寒くなって、家にいる時も靴下を履くようになったら、草履は不便で。足袋を履く訳にもいかないしね〜。
それで、また以前履いていたスリッパを買いに行ったんです。そうしたら、高〜い。なんと¥4,750。Pansyのメンズ仕様のつま先が開いているものなんですが、こんなに高かった?でも、何年ももつので、思い切って買いました。やっぱり履き心地は◎。


私のもやもや。
「作品に感性を盛り込みたいと思ってもなかなかタイミングが難しい。思ったその時、その考えが採用できるような表現方法はないものか。手順から解放され自由になりたい。」
なんて夢のような話。
昨日、ミヤタケイコさんの2人展にお邪魔して、ますます思いが強くなりました。

立体を作るとき、いろいろな手法があるのですが、私の場合は、皆様もご存知のとおり「縫いぐるみ」の手法で作ってきました。最初に大まかなイメージを作り、型紙をおこして布を裁断し、縫ってその袋状の中に詰め物をするというものです。
今年の春に実験的ですが、「粘土」にも挑戦しました。

「縫いぐるみ」の手法は、細部まで表現しにくい。省略の手法です。で、最後に仕上がるまでその形が成功か失敗か、わからない。型紙をおこして布を裁断した以降でプロポーションの変更はしにくいんです。スタッフィング(詰め物を入れる)の時点で形作りはできます。顔も最後までどんな顔に仕上がるか分からない、一発勝負みたいな側面もあります。ある意味、曖昧、行き当たりばったり。でも、最近は出来上がったものを見ると「曖昧さ」も良しと思えるのです。最初のイメージからほど遠いものができる場合も。
以前、私の尊敬している作家さんにこれで良いのか質問した事があります。
「スケッチと、出来上がった作品は別物。」

「粘土」を使った人形作りは、「縫いぐるみ」以上に制約は多いと思います。最初のイメージは一瞬にして作れても、人形完成までは数ヶ月を要します。計画を立て、形を作っている間は、思考の連続だと思うのでとてもアート的。作業も膨大。細部まで表現できる分、作者の認識や技量が全面に現れます。

「絵画」は、たぶんイメージの思考の連続。一番アートらしい。出来上がった絵はもちろんアートだけど、たぶん過程(時間)もアートなのだろうと思う。決して「描く事」は、作業ではない。

「写真」は、素人からプロまで奥の深い表現方法だ。
しかし、シャッターを押すだけで場面が切り取れ、一瞬にして表現できるのは素晴らしいと思う。



*ここに書いた事は私のイメージで、特にベア、人形作りの本質がどこにあるかなんてわかりません。認識不足の面は申し訳ありません。


イメージを形にする最適の方法。どんな行程で作ればストレスがないのだろう。
by kikodoll | 2008-10-05 12:06 | Comments(0)